デジタル通貨と決済システムの未来

デジタル通貨と決済システムの未来(2020年7月22日)

オンラインのシンポジウムで「デジタル通貨と決済システムの未来」が開催されたらしい。

議事概要を読む限り、本気で取り組めば、技術的には日本はかなりの水準まで実現できるポテンシャルがあるようだ。そう思えたのは、

一部のやりたくない人達の意見が切迫していたからである。『なんで今更、日本銀行の負債の種類を増やさないといけないのか』『日銀当座預金と銀行券以外にCBDCを発行する意義はなにか』

『現金の匿名性はCBDCでも許容されるのか』などといったものである。

これは、『資産として国債を買い入れて負債で当座預金と銀行券が増えるだけになって市中にお金が回らないのは民間銀行の努力が足りない』『当座に続いてCBDCに利息をつけて収益を圧迫したくない。国債買い入れの出口の問題なんか私には関係ない。これからもジャンジャンETFと社債を買い続ければいいんだ。』『プライバシーとアクセス性のトレードオフの問題を議論して、マネーロンダリングのリスクが貨幣より少なくする設計にすることはめんどくさいですよね。』と言っている感じにとれた。

これをなだめるように『口座型の関接型(モデル3)民間の銀行に委託』であれば、『口座型の直接型(モデル1)より日銀の実務の負担も少ないし、なんとか実現可能ではないでしょうか』といって議論を前向きに進めてくれた人もいたようである。
中央銀行デジタル通貨に関する法律問題

ただいずれの人にも欠けているのが日本円の国際化というテーマに挑んでいた時代の人々と比べると迫力とか使命感が伝わってこない議事概要になっていた。

当時はテレビ番組の議論でも熱く語っている日銀の人がいた。今は米中の通貨がデジタル化を検討しているので仕方なくいやいやにやっている感が伝わってきた。

日本円の信用を支える通貨の番人という感覚の人は、もういなくなってしまったのだろう。

 

このままの金融政策を続けていても、本当に必要な人にお金が回っていかない。いずれは、株式市場、不動産市場のバブルに貢献するだけの存在になってしまう。資産所得格差拡大に貢献してしまうだけでいいのか、といった問題意識はない人たちのようだ。それもあってか、最近のSTO『Security Token Offering(セキュリティ・トークン・オファリング)』のことについては投資家や企業の方を向いたテーマなのでいくらかは興味がある感じであった。

 

中央銀行とはいえ民間企業の位置づけなので、国の危機に対する使命感に欠けるのは当然のことなのかもしれない。『物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること』を政府から独立の判断で行うことは、高度で専門的の仕事である。しかし物価は国民生活に直接影響するので、もう少しわかり易い言葉で国民に説明する人が必要だ。

金融政策がもっと国民にわかりやすく届けば、極端な節約や過大な貯蓄は解消されてくる。そうなれば名目GDPの落ち込みも最小限に食い止めることができるだろう。

技術の確かなデジタル通貨の導入により高齢者の多い国民生活の利便性も高まることも期待できる。

参考:『暗号資産の法律』 中央経済社

 

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